三国志の魏呉蜀の軍師の中で特に有名で有能だと思われる軍師を2名選んで見ました。魏・司馬懿、郭嘉、呉・周瑜 陸遜、蜀・諸葛亮、龐統この6名の中で総合的に見て能力の順番を付けるとしたらどの様になりますか?
また短命に終わってしまった魏呉蜀の軍師、郭嘉、周瑜、龐統がもし長生きしていたら三国志の歴史は大きく変わりましたでしょうか?個人的には龐統が生きていたなら、孔明の負担が軽くなり北伐も成功していたと思います。上記で挙げた軍師以外でもっと有能な軍師が居るぞっていう意見もお待ちしております。
周瑜=将軍
陸遜=将軍
司馬懿=将軍
諸葛亮=劉備死後は将軍
軍師とは主君に政策や軍略にアドバイス、もしくは方針を決定する存在だと私は理解しています。アドバイザー、参謀という感じ。上記4人は自らが軍を率いて動く人物。軍師とは呼べません。献策や助言が皆無だったわけではないですが、特に陸遜と周瑜は主君から離れ軍を動かしていることが多いです。諸葛亮は劉備が生きている間はアドバイザー・外交官・領地経営などが主な役割でしたが、劉備死後は諸葛亮自体が国家となり、ほぼ主君に近い存在でした。司馬懿も曹操死後は荊州・涼州を行き来して軍を率いるのが主な役割。とてもアドバイザーとは呼べません。
というわけで、私が思う軍師は
魏:荀彧、郭嘉
呉:魯粛、諸葛瑾
蜀:諸葛亮、法正
これらの人物は常に主君から意見を求められた人物で、アドバイザー的な人物でした。諸葛瑾は軍事的・参謀的な役割は少ないものの、孫権が間違った方へ進むのを常に改めた重要なアドバイザーであったと思いますよ。諸葛亮は劉備生前は立派な軍師だったので入れざる得ない。龐統は実績に乏しいですからね。
実際で判断するか作り話の演義で判断するかですが、
三国志をいろんな戦いに行きつつ最後に制したのは司馬懿なんで1位は彼です。
あとは軍略家としては周瑜、郭嘉、陸遜、孔明の順かな。
孔明は軍略は実際はイマイチと思います、龐統は軍を指揮した例が少なすぎて判断できません。
ちなみに軍師1人で劇的に勢力差を変えられるものではないので、龐統がいても国力差をひっくり返すのは無理と思いますよ。演義の軍師達の活躍はあくまで創作ということをお忘れなく。
私も司馬懿・周瑜・陸遜は軍師として見るのはどうかと思いますが、この中で政治力ぬきで軍事面で総合的に能力の順位をつけるなら、司馬懿、 陸遜、郭嘉、周瑜、諸葛亮、龐統とさせていただきます。
司馬懿は語らずとも言わずと知れた人物ですね。
陸遜は夷陵から数々の戦い優秀ですね。
郭嘉は官渡後も華北平定や北伐での活躍が凄いですね。
周瑜は赤壁まではよかったんですが赤壁後はいまひとつな感じがします。
諸葛亮はやはり軍事面はよくないです、実際に諸葛亮が軍を指揮して勝利したのは生涯で南蛮南征の1勝だけです。
龐統は益州軍にすらと戦って戦死して敗北しているようでは魏や呉にはとうてい勝利なんてできないでしょう。前線にいすぎです、兵法を熟知しているのか疑問に思ってしまいますね。
龐統が生きていたとして諸葛亮と北伐を成しとげれるなんてとても思えませんし国力と将の人材不足で無理だと思います。
あと、それぞれの息子を見てみてもこの順位ですね。
司馬懿の子の司馬師・司馬昭はもう言わずと知れた切れ者ですね。大局を見据える目もあり優秀です。
陸遜の子の陸抗も羊祜との対戦が有名ですね。才覚ありますね。
郭嘉の子の郭奕は物事の理解が早く、知識も豊富であったと言われていますね。父同様に若くして亡くなっていますが。なのでこの位置。
そしてここからがダメ息子のオンパレードです。
周瑜の子は二人いて周胤は酒色にふけったため庶民に落とされて田舎に配流されました。まだ、もう一人の周循が騎都尉となってますが早世しているので活躍がわかりませんのでこの位置。
それよりもダメ息子なのが諸葛亮の子の諸葛瞻です。高い位もらって若いとはいえなにしていたんだと言いたくなります。父の志をめざして蜀のために頑張ってほしかったです。なにしたんだ、まぁ弱い。
そして更にダメ息子が龐統の子の龐宏は性格に問題があって、涪陵の太守どまりで終わちゃいました。軍の指揮とか戦いどうのこうのじゃないですね。
諸葛亮→郭嘉→陸遜→司馬懿→周喩→鳳統
になると思います。
なぜなら全体的な中国史が意外にもやば過ぎるからです。
例えばわが日本で織田信長や豊臣秀吉が一番欲しがった軍師は竹中半兵衛だった事実が御座います。
お客様。
郭嘉→陸遜→諸葛亮→司馬懿→周喩→龐統
郭嘉が長生きしてたら歴史が変わっていたと思うので一位です。
法正ですが夷陵の戦いの時に孔明は「法正が生きてれば負けはしなかった」と言ったとの記載もあり、軍事一般を任されていたと思います。ホウトウも同一です。
蜀では内政は孔明が中心でしたが劉備死後は内政家の孔明が軍事に口を出していきます。孔明死後はキョウイが軍事専門となり内政はヒイ他数人により行われます。
魏は内政・人事はジュンイクやジュンユウが中心で様々な人物を推挙します。
軍事は曹操死後のシバイやカク・カクカ・テイイクetc。
呉は分かりやすく軍事はシュウユからリョモウ、リクソンの流れ、内政はチョウショウとチョウコウからロシュク・ショカツキンetc。
実際は日本でいう軍師的な人物に近い仕事をしていたのは謀臣と記載される人物です。文官や内政家はゴロゴロ出てきますが軍師はあまりいませんね。自分が兵を率いてますし、総大将になる人もいますから。あ、自分の軍師の見解は自ら兵を率いず軍略・戦術による軍事面で主君をサポートする人だと考えてます。それに近いのは蜀のホウトウ・ホウセイ、魏のテイイク・カクカ、呉はいないかな。サポート役なら魏のジュンイクや呉のロシュク・ショカツキンなんですが。
総合的に順位をつけると司馬懿・陸遜・郭嘉・周瑜・諸葛亮・龐統
龐統に関しては、蜀を攻略しきるまでに死んだので出ている軍師の中ではかなり評価しにくいので
郭嘉が長生きした場合は、周瑜・龐統がたとえ長生きしようと曹操が天下を収めると思います。何せ郭嘉がいれば赤壁で負けなかったと曹操が言うぐらいですから。
周瑜が長生きした場合は荊州を奪いそのあと益州を攻略し曹操と天下を二分すると思います。
それでも呉が天下を統一するのは低そうだけど三国時代以上の硬直状態が続きそうな気がする。
龐統が長生きした場合諸葛亮は歴史どおりでなくずっと政治・外交担当だったと思はれます。
なぜなら諸葛亮は龐統より戦下手な気がするからです。理由は、大事な益州攻めで諸葛亮を持っていかないのは明らかに不自然です。以上のことから龐統≧諸葛亮になると思います。
こうした背景で孫劉同盟はうまいこと仲違いしないと思います。
同盟が続くことによって関羽・張飛・劉備は死なないことになります。(呉の裏切りが起きないため。)
こうした万全な状態でも魏から西涼ぐらいがいいところです。それほど魏と蜀の国力差が開いているためです。
出てきている軍師の中で有能なのは
カク(漢字がわかりません)
田豊(袁紹軍)いうとおりにしていれば袁紹が天下をとれた可能性が大ですね。
陳宮(呂布軍)田豊と似たような感じだけど呂布の器量の低さじゃ天下は無理。
法正(劉備軍)漢中攻略にだいぶ活躍しています。ただ寿命が残念です。
ほかにもいっぱいおりますよ
司馬懿
陸遜
諸葛亮
周瑜
郭嘉
龐統
逸話ではなく戦歴重視で行いましたが、陸遜・諸葛亮・周瑜は、ほぼ同格と思います。
郭嘉・龐統は高い能力を持っているという逸話はあるのですが、戦歴が不明の部分が多いので判断が難しいです。
歴史が大きく変わるとしたら周瑜だと思います。しかし変わるのは悪いほうだと思います。
周瑜は天下二分の強硬派だったらしいので魏と戦争を行い、呉が悪い方に変わる可能性があると考えます。
有能な軍師としては法正ですね。純粋な戦術家として諸葛亮より上と言われている人です。
まあ性格も中々、危険な人物みたいです
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